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モノラル盤とステレオ盤の録音エンジニアが異なる◉クーベリック指揮ウィーン・フィル◯ブラームス・交響曲2番

音楽評論家・福島章恭氏が最愛の全集とブログで表現している、ステレオ初期のウィーン・フィルとの貴重な最初のセッション録音。

通販レコードのご案内《最初期ブルーボーダージャケット、初期スタンパー盤》GB DECCA SXL2059 ラファエル・クーベリック ブラームス・交響曲2番

 以前、国内盤CDの発売時に収録時間の関係からか提示部の繰り返しと楽章間のタイミングの縮小などといった一部が割愛された状態で発売されていただけで、2014年になってようやく完全な形でCD化されて話題になっていました。


  • 全集としては2種しかないクーベリックのブラームスの交響曲全集のうち、ステレオ初期のウィーン・フィルとの貴重な最初のセッション録音。ステレオ録音を始めたばかりの DECCA が、まだ40歳代になったばかりの若いクーベリックを使って全集録音を遂行しようとしたことは、当時いかに彼に期待を寄せていたかを物語っているとも言えます。
  • GB DECCA SXL2059 ラファエル・クーベリック ブラームス・交響曲2番

 演奏は強靭な精神力を基に、クーベリック独自の圧倒的なブラームス感が濃厚に描かれています。これはひとえに、ウィーン・フィルと DECCA との組み合わせだからこその成果と言えましょう。
 とはいえ、実のところ。初出時はモノラル盤( LXT 5339 )で発売されました。聴き比べてみると面白いことに気がつくのですが、モノラル盤とステレオ盤の録音エンジニアが異なるようです。最初期ブルーボーダージャケットなので、モノラル盤とデザインが共通。その為、録音エンジニアの名前はクレジットされていません。エリック・スミスのプロデュース、ジェームズ・ブラウンの録音。

Recorded 28th Feb - 4th Mar 1957 in the Sofiensaal, Vienna。


通販レコード詳細・コンディション、価格

プロダクト

品番
34-16810
レコード番号
SXL2059
作曲家
ヨハネス・ブラームス
オーケストラ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮者
ラファエル・クーベリック
録音種別
STEREO

コンディション

ジャケット状態
M-
レコード状態
EX
製盤国
GB(イギリス)盤

販売レコードのカバー、レーベル写真

  • GB DEC SXL2059 ラファエル・クーベリック ブラームス・…
  • GB DEC SXL2059 ラファエル・クーベリック ブラームス・…
最初期ブルーボーダージャケット, WIDE BAND WITH GROOVE "ORIGINAL RECORDING BY THE DECCA" ED1 ORIGINAL, STEREO 1枚組(160g), Release 58.11。
ED1(左上に ORIGINAL RECORDING BY )
SXL シリーズは SXL 2001 から始まる 2,000 番台、SXL 6001 から始まる 6,000 番台がありますが、2,000番台の全てと6,000番台前半のレコードがこれに該当します。レーベル中にデザインされている銀色の帯(黒色で「FULL FREQUENCY」と書かれている)の幅が13ミリメートルあり、ED4よりかなり広い。そのため、「ワイド・バンド」とも呼ばれています。また、ラベル上部、10時位置から右向きに「Original Recording By ...」の文字が見られます。 更に、ラージ・レーベルの外周から約1センチのところに溝(GROOVE)があり、この3つが揃っているものを ED1 (English Decca 1)と呼び、SXLの最初期ラベルとなります。このレーベルが、デッカのステレオレコードの中でも、もっともプレスの時期が早く、オーディオファイルたちの憧れの的です。

通販レコード

詳細の確認、特別価格での購入手続きは品番のリンクから行えます。
https://ift.tt/jaLoJAT
品番 34-16810
特別価格 11,440 円(税込)
通常価格 14,300 円(税込)
「クレジットカード決済」「銀行振込」「代金引換」に対応しております。


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