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もうひとつのロシア・ピアニズム ― 音楽の力のみで満たす ギレリス、クリュイタンスとのベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番

通販レコードのご案内ギレリスのピアニズムには確かな造形感があり、胸に響く重量感、輝かしいまでの明晰さがある。

FR EMI TRI33134 ギレリス・クリュイタンス・パリ音楽院管 BEETHOVEN CONCERTO No.3
FR EMI TRI33134
(演奏者)エミール・ギレリス アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団
(曲目)ベートーヴェン ピアノ協奏曲3番 BEETHOVEN CONCERTO No.3

本盤を聴くとギレリスは帝政ロシアや旧ソ連の作品、或いはショパンを得意とする人が多かった旧ソ連時代のピアニストの中で、最もドイツ・オーストリア系のレパートリーに定評があったことがわかります。


ピアノ協奏曲に関していえば、ギレリスが楽しげにオーケストラと対話している演奏はさほど多くない。どちらかというと、オーケストラと共に熱く戦っているイメージ、あるいはピアノ一台でオーケストラ全体を圧倒しているイメージの方が強い。突然ミスタッチもお構いなしに驀進することもある。ところが、カール・ベームとのモーツァルトのピアノ協奏曲第27番(1973年録音)では、耳を傾けているだけで脱力してしまうほど美しい、純粋と簡素の極みのような演奏を披露している。これもギレリス自身にとって会心の出来だったのではないかと思われるから一筋縄ではいかないのだ。


リヒテルと並んで、20世紀のロシア=ソ連を代表するピアニストでありながら、ルビンシュタインをして、「彼がアメリカで演奏をするというのであれば、私は荷物をまとめて去らねばならない」といわしめる、そのピアノテクニックの点からすれば、ほとんど追随する演奏者がいないくらいの最高レベルに達していたからこその、己の演奏に関しては大変に謙虚であり、ギレリスの演奏に対して最大限の賛辞を贈ろうとしたオーマンディに「(その賛辞は)リヒテルを聴くまで待って下さい」と語ったエピソードに現れています。


ピアノ協奏曲第3番の初演はベートーヴェン自身の独奏によって1803年に行われましたが、その時のピアノ譜面はほとんど空白だったと言われています。ベートーヴェン自身にしか分からない記号のようなものがところどころに書き込まれているだけで、かなりの部分を即興で弾きこなしたというエピソードが伝わっています。偉大な作曲家にはこのような人を驚かすようなエピソードが多くて、その少ない部分が後世の人の作り話であることが多いのですが、この曲に関するエピソードはどうやら事実だったようです。翌年に彼の弟子に当たるリースがウィーンでピアニストとしてデビューすることになり、そのデビューコンサートのプログラムにこの協奏曲を選んだために、他人にも分かるように譜面を完成させなければいけなくなって、ようやくにして仕上がることになりました。残された資料から判断すると1797年頃からスケッチが始まり、1800年には全容を見ていたようですが、それからも何度も手直しがされて、とうとう初演の時に至ってしまったらしいのです。この作品に関して言えば、ベートーヴェン自身も満足のいかない部分がいつまでものこり続けていたのでしょう。


作品全体の構成は伝統的なスタイルを維持していますから第1番や第2番の流れを引き継いだものとなっています。ところがオーケストラははるかに雄弁であり、ピアノもスケールが大きく、そして微妙なニュアンスにも富んだ内容は第4番や第5番に近いものをもっています。この3番のコンチェルトは過渡期の作品であり、ベートーヴェンが最もベートーヴェンらしい作品を書いた中期の「傑作の森」の入り口にたたずむ作品だと言えます。ギレリスにはジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団とのステレオ録音が評価が高く、セル自身も大変優れたピアニストでありましたから、この二人の超絶的なヴィルトゥオーゾの共演が如何に優れたものになるかは容易に想像がつくものでしょう。特に、第1番、第2番の演奏が印象的で、モーツァルトを連想させるかのような軽やかで美しい曲の魅力を遺憾なく発揮しています。「鉄の意思のピアニスト」と額縁のつくギレリスには常に「豪腕」とか「鉄腕」などと言う形容詞がつくのですが、セルとの録音では極めて精緻で、とりわけ弱音部の繊細さを大切にした演奏だったので、これの何処が「豪腕」なんだと思ってしまうものですが、1954年に録音した第3番では、クリュイタンスは引き締まった音楽を作り出していますから、それに応えるギレリスの演奏に「豪腕」「鉄腕」という形容詞を奉っても何の不都合もありません。本盤のギレリスのピアノは低音も分厚く響き、フォルテの部分でも完璧に鳴りきっています。

1954年3月9,10日、シャンゼリゼ劇場、パリ録音。

通販レコード詳細・コンディション、価格

プロダクト

レコード番号
TRI33134
作曲家
ルートウィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
演奏者
エミール・ギレリス
オーケストラ
パリ音楽院管弦楽団
指揮者
アンドレ・クリュイタンス
録音種別
STEREO

販売レコードのカバー、レーベル写真

  • FR EMI TRI33134 ギレリス・クリュイタンス・パリ音楽院…
  • FR EMI TRI33134 ギレリス・クリュイタンス・パリ音楽院…

コンディション

ジャケット状態
M-
レコード状態
M-
製盤国
FR(フランス)盤
STEREO 1枚組, Release 1977.

通販レコード

詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。
  • オーダー番号34-24150
  • 販売価格2,200円(税込)


http://img01.otemo-yan.net/usr/a/m/a/amadeusclassics/34-24150.jpg
May 30, 2021 at 06:45AM from アナログサウンド! ― 初期LPで震災復興を応援する鑑賞会実行中 http://amadeusclassics.otemo-yan.net/e1121943.html
via Amadeusclassics

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