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ただ美しい〝イタリアのバッハ〟がここにある◉イ・ムジチ&アーヨ、ミケルッチ J.S.バッハ・ヴァイオリン協奏曲1番/2番

通販レコードのご案内イ・ムジチのレコードはどれをとっても明るく華麗で躍動的、「期待」を裏切らない均質さがある。

NL PHILIPS 835007 AY イ・ムジチ&アーヨ バッハ・ヴァイオリン協奏曲1番BWV1041/2番BWV1042
NL PHILIPS 416 356-1
(演奏者)フェリックス・アーヨ ロベルト・ミケルッチ イ・ムジチ合奏団
(曲目)バッハ・ヴァイオリン協奏曲1番BWV1041/2番BWV1042

バロック音楽ブームの原動力は〝イ・ムジチの四季〟の大ヒットの影響が大きい。奏者それぞれの個人プレーを重視した。ポピュラーなアプローチが大衆ウケした。クロスオーバーの魁である。


〝イ・ムジチ〟はイタリア語で音楽家たちの意味。1952年、ローマ聖チェチーリア音楽院の卒業生12名によって結成。当初から指揮者を置かない方針をとり、後続の室内アンサンブルのモデルとなる。切れ味のいい輝かしい演奏が人気で、来日も多い。イ・ムジチはコンサートマスターが代わるごとに録音を重ね、そのたびにベストセラー。1995年の時点で日本での「四季」の売り上げ合計は280万枚に達した。
世界的に人気を博したのは、1959年に録音したヴィヴァルディの『四季』の大ヒットからで、バロック・ブームを作った。引き締まったアンサンブルの向こうから感じられる覇気、若々しい情熱。だがトスカニーニが驚嘆し絶賛したアンサンブルはこのときが一番近い。なにしろコンサートマスターのフェリックス・アーヨ、まだ25歳である。
「ヴィヴァルディって誰?」、「バッハが編曲した人らしいよ」というような時代。バッハがオルガン協奏曲に編曲した、その原曲という紹介で聴かれるぐらいのチャンスだった頃。バッハの存在が今以上に尊厳臭さは濃かった。旅の途中、ウィーンで没したヴィヴァルディについて、おそらくその生涯はおろか、生没年もはっきりしていなかった頃。音楽界のバロック音楽への認識もきわめて薄く、イタリアの巨匠指揮者ですら取り上げる自国の作曲家はオペラばかりで、1600年代1700年代にとんでもない宝物が眠っているとはよもや思いもよらなかった頃。
まさか、モーツァルト。ベートーヴェン以降の現代的なヴァイオリン協奏曲のスタイルを、ヴィヴァルディが確立していたとは。音楽史を塗り替える大きな偉業になるなんて。やがて驚きとなる。200年前のイタリアにどんなにすばらしい音楽があったか、22歳の若者たちが決然たる情熱と愛情でもって世に知らしめようとして放ったのですから、フランスACCディスク大賞を受賞したのもうなずける。
イ・ムジチのサウンドは、すでに半世紀もの間、作曲家のスタイルと特徴を尊重しつつ、同時に、いかなる学術的な独断主義にも束縛されることなく自由な解釈を提示している。アーヨがリーダーだった頃、1969年の「四季」のソロをとる、ミケルッチは一緒に演奏活動していました。アーヨのモノラル盤、ステレオ盤。ステレオ・ブームとあいまって全世界で爆発的大ベストセラーとなり、日本ではステレオの置いてある家庭には必ず常備されているとまで言われた。ミケルッチの解釈は、〝アーヨの四季〟から180度、反行したものでした。こうした柔軟性を武器に因習や束縛に満ちた時代に生きながらも言語と時代を超える崇高な芸術を遺した作曲家たちが音楽にこめた憧憬、哀愁、情緒を、イ・ムジチは人々に伝え続けていると云っても過言でない。

イ・ムジチの明るく均整の取れたサウンドで、弦楽合奏の魅力を堪能させる。

1958年録音。優秀録音、名演、名盤。バロック音楽ブームを決定的にした、ミケルッチが独奏をしたヴィヴァルディの《四季》のレコードには〝イ・ムジチの四季〟と帯に大きく踊っていた。クラシカルなスタイルから離れ、ソリストをクローズアップしてアンサンブルよりメンバーの見せ場が誂えられていた。古楽器演奏とは路線が違って現代的イタリアの歌にあふれた演奏は聴くものを幸せにしてくれます。アーヨのヴァイオリンは美しくしなやかだが、ピリオド演奏全盛の中にあっては音楽運びの濃くには欠ける。
イ・ムジチの演奏は、バウムガルトナー指揮ルツェルン音楽祭弦楽合奏団をバックに従えたフランチェスカッティの演奏にも似た、テンポをゆっくりとったもので、ヴィヴァルディの流れを受け継いだバッハの「歌」を最大限に強調した、とても柔らかく、そして流麗な演奏です。そこに聴くことができるのは、弦楽の奏でる、極致とも言える、美しいアンサンブルで、ヴァイオリン協奏曲というより、合奏協奏曲といった感じの演奏となっています。
今ではこうした、モダン・ヴァイオリンの響き、アンサンブルの美しさを強調したバロック音楽の演奏はあまり聴くことはできませんが、懐かしく、ため息がでるほど美しい、趣のあるものです。
そのヴァイオリン、バック共に全く角のとれた、そしてひたすら歌い抜いたヴィヴァルディの「四季」を思わせる〝イタリアのバッハ〟がここにあります。フェリックス・アーヨが第2番を、ロベルト・ミケルッチが第1番のソロを弾いています。その録音もヴァイオリン、バック共に絹の手触りを思わせる柔らかい音で、どこにも刺激的なところは無く、それはそれは美しい音楽があるだけです。

1958年5月録音。「世界一美しいオーケストラ」と、トスカニーニの絶賛したイ・ムジチ合奏団は数多くの優秀録音盤を残している。アナログ録音の成熟期に録音されたこのLPはその中でも、極上の一枚である。イ・ムジチの録音は、殆んどがスイスのラ・ショー=ド=フォンにある音楽堂で行われている。1960年代から主にフィリップスが録音用に使い始めた優れた拠点である。イ・ムジチ、イタリア弦楽四重奏団、グリュミオー、シェリング、ヘブラー、ホリガー、アラウらの名盤・名録音を通じて、レコード・ファンには「名録音の代名詞」としてお馴染みの会場です。イ・ムジチの十二名の編成規模に最適な録音会場であり、その特性の優秀性を捉えきった録音スタッフの技術の高さと、プロデューサーの音楽的感性の豊かさを感じる。静寂が保たれたホール内にしっとりとした情感を漂わせるサウンドが展開される。音の響きが暖かく、しかも細部の解像度に優れ、分離よく粒立ちが鮮やかに聴こえる。低弦の動きも明瞭に聴こえる。弦の中から聴こえるチェンバロの冴えて、浮き上がる音は素晴らしい。このような音は、演奏会では聴けない。


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October 30, 2020 at 05:30AM from アナログサウンド! ― 初期LPで震災復興を応援する鑑賞会実行中 http://amadeusclassics.otemo-yan.net/e1129717.html
via Amadeusclassics

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