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最初に聴く名盤★その神業はクァルテットの理想郷 ジュリアード四重奏団◆モーツァルト・弦楽四重奏曲「ハイドン・セット」

通販レコードのご案内ドライかつ正確無比に4つの弦が対等に絡み合う演奏が世界に衝撃を与えた歴史的名演奏。

US EPIC BC1270 ジュリアード弦楽四重奏団 Mozart String Quartet No.16/No.17
US EPIC BC1270 Mozart String Quartet No.16/No.17"The Hunt"
(演奏者)ジュリアード弦楽四重奏団 ― ロバート・マン(1st Vn、アール・カーリス(Vn)、サミュエル・ローズ(Va)、クラウス・アダム(Vc)
(曲目)モーツァルト・弦楽四重奏曲「ハイドン・セット」弦楽四重奏曲第16番変ホ長調,K.428、弦楽四重奏曲第17番変ロ長調,K.458『狩り』。

ジュリアード弦楽四重奏団の代表的名盤。全体の基調としては、「明燦」という言葉がふさわしく、モーツァルトの手塩にかけた傑作だと如実にわかります。英盤高価なSAX原盤。


ジュリアード弦楽四重奏団の第1回目のベートーヴェン全集における、彼らのシャープな技術と強烈な表現力は、柔和なスタイルが主流だった当時の四重奏の演奏に大きな衝撃を与えた。このキビキビしたテンポは快感を伴う。そのベートーヴェンの延長にあるこのモーツァルト聴いてと、まだブダペストを聴くのかと自問した。


ジュリアード音楽院の校長であった作曲家ウィリアム・シューマンの提唱により第2ジュリアード弦楽四重奏団は、同校の教授たちによる4人のメンバー(ロバート・マン ロバート・コフ ラファエル・ヒリヤー アーサー・ウィノグラード)の高い技量を背景とした、感情をそぎ落としたドライで直線的な表現で世界の好楽家に衝撃を与えました。彼らの出現はまさに戦前のヨーロッパの演奏伝統を打ち破るように、当時の聴き手を驚かせるエポックメーキングな出来事でした。


戦前の弦楽四重奏と言えば、カペー弦楽四重奏団やレナー弦楽四重奏団のように第1ヴァイオリンが技術的にも音楽的にも抜きん出ていて、アンサンブルを主導しチームの音楽性を支配することによって演奏を作り上げていました。また演奏解釈上も旋律を曲線的に捉え、テンポの緩急を多用した情緒あふれる演奏スタイルが主流でした。そうした嗜好の中で、安定しきった技巧と精妙な合奏、鋭い感覚の冴え、そして格調高い音楽は、およそ余分な肉づけを見せない表現法で端的に弦楽四重奏という音楽の本質を明らかにし、まさにクァルテットの理想郷ともいうべき神業が実現されていた、と云わしめた。


そしてジュリアード弦楽四重奏団といえば、創設以来1997年まで半世紀にわたって第1ヴァイオリンを務めたロバート・マン、そのものだったと今は云えよう。他のメンバーは何度も入れ替わっている ― そのマンを中心に、卓抜した統一感のある演奏を特色とした、当時ブダペストと並ぶクァルテットであったことは間違いない。


シャープな技術と強烈な表現力は、柔和なスタイルが主流だった当時の四重奏の演奏に大きな衝撃を与えたジュリアード弦楽四重奏団。コロムビアでの演奏もエポック・メーキングな全集として室内楽演奏史に記録された。加えて、録音の良さもあって、松脂がぶっ飛んできます。


弦楽四重奏曲第16番変ホ長調,K.428:Rec.May 18,1962、弦楽四重奏曲第17番変ロ長調,K.458"狩り":Rec.May 25&29,1962

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via Amadeusclassics

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