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時には溌剌として、時には軽快な指捌き、時には高速連打◆ジョルジュ・シフラ ショパン・ポロネーズ1-6番

通販レコードのご案内リストの再来といわれた技巧の持ち主、シフラのショパンは極度につまらない。 ― フジ子・ヘミングを評価する人と、アンチの論争は彼女自身を否定するものではないはず。シフラの演奏も楽曲に負けない圧倒的な存在力がある。

FR PHIL 6515 006 ジョルジュ・シフラ ショパン・ポロネーズ1-6番《仏レッド白文字盤 SUPER ARTISTIQUE - STÉRÉO》FR PHILIPS 6515 006 ジョルジュ・シフラ ショパン・ポロネーズ1-6番
 ポピュラー音楽ともジャズとも違う、クラシック音楽の精神ながら独創的で、隅から隅までシフラ節を聴かせる。時代考証だの演奏法だのを言っても始まりません。
 頭の中を空っぽにしてシフラの世界を聴いて下さい。かしこまった孤高の演奏も良いですが音楽とは楽しむ為にもありますよね、ただ彼をまだ聴いた事の無い方はまず彼がナチス・ドイツの将校たちを前にして最初に弾いて見せたという「剣の舞」をネットで見つけて聴いて下さい。ともかくも演奏が独特でピアノというよりも打楽器を聴いているような感じの、個性的なピアニズムである。
 リストを生んだハンガリーに生まれ、後半生をフランスで送った名ピアニスト、シフラは〝20世紀のリストの再来〟と云われんばかりの技巧を持ち、聴衆を唖然とさせることの出来る数少ないピアニストの一人でした。ハンガリーからフランスに、1956年秋のハンガリー動乱の際に亡命したことで陽光の下に立てるようになった彼にとって、暗雲の時代の頼りは、まともに演奏もできない環境下で指慣らしをつづけることだけだった。テクニックそのものを研鑽し最高に発揮することが演奏の最終目的であるような、あまりにも技巧一辺倒であると看做されたために世紀の超絶技巧を有していながら終世賛否両論と毀誉褒貶のあった、その理由の一つに名人芸的要素を持つ演奏を良しとしない意見も多いことも事実ですが、その即興演奏の凄まじさには圧倒される。
 ただ凄まじいだけでなく、時には溌剌として、時には軽快な指捌き、時には高速連打など驚くべき演奏を聴かせる。しかし、シフラは超絶技巧も彼の魅力の一つであるが本質的な部分はその音楽性にあると思います。その音色は華麗で輝かしく、まばゆいばかりの光芒を絶えず発散する。シフラの楽曲にも負けない演奏には、圧倒的な存在力がある。
 もし単にテクニックの追求だけが目的であるなら、他にも技術的に優れたピアニストは何人もいる。特に最近の若いピアニストにとっては完璧なテクニックを持つことは世界の檜舞台へ打って出るための必要な最低限度の条件であって、それだけではもはや逸物として通用しないようにさえなっている。そしてその完璧なテクニックを土台として、その上に夫々の個性を打ち出そうとしている訳だが、然しもその場合彼等は決してテクニック自体をこれ見よがしに表面に出すことはしない。
 だがシフラはまさに堂々と表面切って、それをやっている。シフラはまさに目のくらむようなテクニックによって、聞き手を眩惑してしまうのである。
1963年初発。本盤は1971年発売。

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March 29, 2020 at 04:15AM from アナログサウンド! ― 初期LPで震災復興を応援する鑑賞会実行中 http://amadeusclassics.otemo-yan.net/e1105275.html
via Amadeusclassics

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