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名曲名盤縁起 楽天的に生きた天才が綴った乙女の祈りの歌◉シューベルト〜歌曲《アヴェ・マリア》

歌曲王シューベルト生まれる ― 1797年1月31日

 クラシック音楽史上1番の作曲家は誰か? 多くの専門家はモーツァルトを挙げるが、フランツ・シューベルトとする人も稀にいる。モーツァルトよりも短い生涯に600を超すリート(ドイツ語歌曲)に加えて、交響曲や室内楽曲、ピアノ曲にも多くの名曲を残したのだから、というのが理由だ。
 14人も子供がいた教育者の12人目に生まれたシューベルトは存命中は、いつも貧乏で畏敬したベートーヴェンの陰に隠れ、ただ彼を応援する人々だけのために音楽を書き綴った。薄幸の天才だが、本人は名声に無頓着で、「僕は作曲するためだけに生まれたんだ」と言い続けたという。
 シューベルトの誕生日に聴きたい作品はあまりに多いが、亡くなる3年前に、イギリスの詩人ウォルター・スコットの作品を歌詞に用いた《エレンの歌第3》、通称《アヴェ・マリア》にしたい。乙女エレンが湖畔の岩の上にある聖母像の前にぬかづいて、父の罪が許されることを祈る、敬虔で美しい歌だ。

乙女の祈りの歌

 イギリスの作家ウォルター・スコットによるスコットランド叙事詩「湖上の美人」を基にして、シューベルトは7曲の歌曲集「湖上の美人」を1825年に発表します。ウォルター・スコットの詩をシュトルクがドイツ語翻訳した詩にシューベルトは曲を付けている。

「アヴェ・マリア (エレンの歌第3番)」
Ave Maria! Jungfrau mild,
Erhore einer Jungfrau Flehen,
Aus diesem Felsen starr und wild
Soll mein Gebet zu dir hinwehen.

アヴェマリア 慈悲深き乙女よ
おお 聞き給え 乙女の祈り
荒んだ者にも汝は耳を傾け
絶望の底からも救い給う

Wir schlafen sicher bis zum Morgen,
Ob Menschen noch so grausam sind.
O Jungfrau, sieh der Jungfrau Sorgen,
O Mutter, hor ein bittend Kind!Ave Maria!

汝の慈悲の下で安らかに眠らん
世間から見捨てられ罵られようとも
おお 聞き給え 乙女の祈り
おお 母よ聞き給え 懇願する子らを

 その歌曲集《湖上の美人》の中で6曲目にエレンが歌う3つめの曲が「アヴェ・マリア」です。従って本来は「エレンの歌第3番」として、父と恋人マルコムのためにマリアに慈悲を願った娘の歌だったのですが、シューベルトの旋律にラテン語典礼文を載せて歌うことがしばしあり、そのために「アヴェ・マリア」は、しばしば一般的に宗教曲と紹介される間違いが起こります。

http://ifttt.com/images/no_image_card.png
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via Amadeusclassics

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