魂の芸術。
敗戦の衝撃、未だ醒めやらぬ昭和21(1946)年12月、雑誌『創元』第一号に美学評論『モオツアルト』を発表し、日本の知識階級や魂の潤いを求めていた若者に芸術と人生の何たるかを教えた小林秀雄は、女流ヴァイオリニストが大好きであった。小林秀雄は昭和47年春、剣豪作家で音楽とオーディオに狂っていた五味康祐と鎌倉で音楽談義をした。席上、「私はね、皆なんだかんだって言うけれどね、ヴァイオリニストっていうのは女が一番いいと思っているんです。女とヴァイオリンっていうもののコンビがいいんです」と気焰をあげている。たまたまテレビでジョコンダ・デ・ヴィートの奏でるメンデルスゾーンを観て、レコードを全部買って来いと家人や弟子に命令したというほどの入れ揚げようである。デ・ヴィートは35歳のとき、遅咲きの名花として世に出、イタリア最高のヴァイオリニストと謳われた。
ことヴァイオリニストに限らないが女性演奏家の特徴は、その楽器を弾いて音楽をやっていることが楽しくて、幸せでならないという気持ちが聴き手にストレートに伝わってくるところにある。この音楽談義で終始聴き手に回っていた五味が愛聴して已まなかったのは、夭折の天才ジネット・ ヌヴーであった。
ヌヴーは15歳の年、ヴィェニャフスキ国際コンクールに参加。下馬評では敵なしと言われた26歳のダヴィード・オイストラフを差し置いて見事に優勝した。そのとき自由曲として選んだのが、お得意のラヴェル《ツィガーヌ》。この作品は後に、兄ジャンのピアノでスタジオ録音しているが、これは子供の産めない男には逆立ちしても敵わない特別の演奏だ。ヌヴーの天性はもちろんだが、「子宮」という存在が、あの世からこの世への「魂の通り道」であるという説明抜きに、この霊的な演奏の秘密は解き明かせないだろう。
ティボーが「ヴァイオリン界の至高の女司祭」と絶讃したヌヴーは、ティボーと同じようにエール・フランスの飛行機に乗り、30歳になったばかりの若い命を散らした。作曲者に対する共感とか、対決とか。曲よりヌヴーを感じてしまうところは、ティボーも同じだ。こんなに美しい音、鍛えられた技、清らかな魂を30歳の若さで奪うとは、運命とはなんとも 無情である。
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November 29, 2019 at 11:40PM from アナログサウンド! ― 初期LPで震災復興を応援する鑑賞会実行中 http://amadeusclassics.otemo-yan.net/e1061780.html
via Amadeusclassics
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