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予期せぬモーツァルト◉ギレリス父娘、ベーム指揮ウィーン・フィル◯モーツァルト・ピアノ協奏曲第27番、10番

通販レコードのご案内 ふたりの偉大な音楽家がそのキャリアの頂点で出会った当時、最高峰のモーツァルト演奏 ― ギレリスがソロとしての支配的な部分とオーケストラを補う部分を交互に演じることによって、演奏に寄与した。(Linzer Volksblatt 紙評)

DE DGG 2530 456 エミール・ギレリス モーツァルト・ピアノ協奏曲《コンディション優秀、ブルーリング盤》DE DGG 2530 456 エミール・ギレリス モーツァルト・ピアノ協奏曲 ギレリスのピアノ演奏は、その内面からくる音楽解釈の深さと卓越した技巧により常に私たちを魅了し続けており、現在でも多くの音楽ファンは楽曲の本質的な演奏をギレリスに求めています。米ロの冷戦の最中、西側登場以前、以後ともに豊富な録音が残されていますが、ギレリス50歳前後、まさに脂の乗り切った絶頂期の録音で若い時から比類ないと云われてきた完璧なテクニック、ピアノを豪快に鳴らしきった明快な音はそのままに、表現は一層深みを増している感じ。
 モーツァルトを中心に据えたプログラムで構成されたザルツブルク音楽祭50周年の記念の1970年8月に、カール・ベーム指揮ベルリン・フィルとエミール・ギレリスのモーツァルトのピアノ協奏曲第27番は「予期せぬモーツァルト・フェスティヴァル」に最大の貢献をした(Die Wochenpresse 紙のゲルハルト・マイヤー評)。「世界最高のモーツァルト弾き」であることが求められたギレリスであったが、その演奏は完璧であった。テンポやフレージングの選択は、細部としても全体としても齟齬がなく、ピアノとオーケストラの掛け合いも絶妙に構成されていた ― ギレリスが前面に出て来なかったわけでは決してないが良い意味で「協奏曲的」であった ― 全体として伝統的なモーツァルト解釈を尊重しつつも非常に自然で、それでいて説得力のある演奏だった。
 ふたりの偉大な音楽家がそのキャリアの頂点で出会ったのが、このザルツブルク音楽祭でのコンサートだった。この最高峰の音楽イヴェントは、ギレリスが当時最高のモーツァルト・ピアニストであったことを証明している。そしてまた、円熟期のベームはオーケストラを鼓舞し聴衆に感動を与える方法を知り尽くしており、彼らの期待以上の音楽を創造していたことを今に伝えている。
 その3年後にオーケストラはウィーン・フィルに代わりムジークフェラインザールでのセッションが行われ本盤として結実した。エミール・ギレリスが正規盤として遺した数少ないモーツアルトの「ピアノ協奏曲」の1枚。しかも余白は親子の競演「2台のピアノのための協奏曲変ホ長調 K.365(316a)」は娘エレーナとの初共演録音でした。モーツァルトが死の年に書いた最後のピアノ協奏曲第27番変ロ長調 K.595は、晩年の彼特有の清澄な作品として広く知られています。欧米をはじめ世界的な活躍を続けたピアニストのギレリスが、ベームとウィーン・フィルハーモニーの好サポートを得て行ったこの録音は、作品の本質を的確に捉えた詩情溢れる演奏として高い評価を得ています。明るい楽想に満ちた「2台のピアノのための協奏曲」は全体に喜ばしい気分が溢れる作品。巨匠カール・ベームとウィーン・フィルのバックも素晴らしく「2台のための協奏曲」では父娘の息の合った絶妙なテクニックも聴きものです。また、ギレリスのベームとの唯一の共演盤でもあります。ドイツ盤、ステレオ録音。

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November 30, 2019 at 02:45AM from アナログサウンド! ― 初期LPで震災復興を応援する鑑賞会実行中 http://amadeusclassics.otemo-yan.net/e937496.html
via Amadeusclassics

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