スキップしてメイン コンテンツに移動

生命力*ランパル、ラスキーヌ、ランスロ、パイヤール モーツァルト・フルートとハープのための協奏曲/クラリネット協奏曲

通販レコードのご案内流麗典雅の極み。ここにはフランスの楽人らしい洗練の粋を極めたモーツァルト演奏が有る。

JP COLUMBIA/ERATO DX1-R ジャン=ピエール・ランパル/リリー・ラスキーヌ/ジャック・ランスロ/パイヤール モーツァルト・フルートとハープのための協奏曲/クラリネット協奏曲
P COLUMBIA/ERATO DX1-R MOZART CONCERTO POUR FLUTE&HARPE/POUR CLARINETTE
(演奏者)ジャン・ピエール・ランパル(フルート)、リリー・ラスキーヌ(ハープ)、ジャック・ランスロ(クラリネット)、ジャン・フランソワ・パイヤール指揮、パイヤール室内管弦楽団
(曲目)モーツァルト・フルートとハープのための協奏曲/クラリネット協奏曲

書籍店の一事業として、家庭的なレコードレーベルとしてスタートした、フランス・エラート・レーベルの歴史の中で最も成功した録音だと断ずることが出来る、このモーツァルトの至高の名曲の「未来永劫代表盤」。本盤をかけた途端、リスニング・ルームに流れ出したエレガントな空気。美麗、流麗、典雅。このような音楽が似合う1778年、ロココのパリに滞在していたモーツァルトによって作曲されたフルートを愛好するド・ギーヌ公爵とハープを愛好するその令嬢のために書かれた優雅な雰囲気を湛えた名作の代表的な名盤。この曲と云えば、ラスキーヌ&ランパル、今後、どんなコンビによるレコードが出てこようと本盤が色褪せることは絶対にないと断言出来ます。ランパルとラスキーヌの共演はフランスの最良の流麗さを体現した比類なき名演、名クラリネット奏者ランスロの演奏も数多くの人々を魅了し続けてきた決定的名演、日本コロムビア社も特別豪華セット1枚組でリリースする価値ありと判断したのも納得がいく。


モーツァルトの協奏曲の名品二編を収めたLPは 1963 年に録音されたもので、第2次世界大戦後のフランス音楽の復興運動の中で、楽譜出版社エディション・コスタラ社のレコード録音部門として創設された ERATO レーベルが創立後 10 年を経て生み出した永遠不滅の名盤として、LP 初出以来カタログから消えたことのないアルバムです。

もしもモーツァルトの《フルートとハープのための協奏曲》における「原イメージ」というものがあるとすると、それはおそらく当ディスクに由来するものといえるのではないだろうか。(吉井亜彦、『クラシック不滅の名盤1000』、2007 年)

これには紛れも無く頷いてしまう。こう言われるほどだから、わたしと同じ思い出この演奏を気に入っているモーツァルト・ファンが居るということでしょう。収録場所は明示されていませんが、この時期のERATO録音の通例として、パリ市内の音響効果の優れた会場(教会?)で行われたものと思われます。流麗なフランス風の華やかさをまき散らすソロやオーケストラの響きを温かみのあるアナログ・サウンドで捉えた定評のある名録音です。


1963年6月、ステレオ・セッション。[プロデューサー]ミシェル・ガルサン、[エンジニア]ダニエル・マドレーヌ

通販レコード詳細・コンディション、価格

プロダクト

レコード番号
DX1-R
作曲家
ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト
演奏者
ジャン・ピエール・ランパル リリー・ラスキーヌ ジャック・ランスロ
オーケストラ
パイヤール室内管弦楽団
指揮者
ジャン=フランソワ・パイヤール
録音種別
STEREO

販売レコードのカバー、レーベル写真

  • JP COLUMBIA/ERATO DX1-R ジャン=ピエール・ラ…
  • JP COLUMBIA/ERATO DX1-R ジャン=ピエール・ラ…

コンディション

ジャケット状態
M-
レコード状態
M-
製盤国
JP(日本)盤
1964年6月発売日本コロムビア社製デラックスシリーズ「金ラヴェル」, 170g重量盤, 国内企画スタンパー使用盤。

通販レコード

詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。
  • オーダー番号34-26946
  • 販売価格3,300円(税込)

http://img01.otemo-yan.net/usr/a/m/a/amadeusclassics/34-26946.jpg
February 28, 2023 at 07:00AM from アナログレコードの魅力✪昭和の名盤レコードコンサートでご体験ください http://amadeusclassics.otemo-yan.net/e1158742.html
via Amadeusclassics

コメント

このブログの人気の投稿

♪東側の最高傑作◉フランツ・コンヴィチュニー ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ベートーヴェン・交響曲7番

楽譜に対して客観的に誠実に取り組んで、ゆったり目のテンポでスケール大きく描きあげられた演奏と存在感あるゲヴァントハウスの音色 《独ブラック銀文字盤》DE ETERNA 825 416 コンヴィチュニー ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ベートーヴェン・交響曲7番 旧東ドイツ時代のベートーヴェン演奏の精髄として当時大きな話題となった全集からの一枚。ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターを終生務めたコンヴィチュニーの最高傑作で、重心の低い質実剛健な演奏は今もってひとつの基準となる名演と言えます。 序奏からズドンとヘビィ級の音塊をぶつけてきます。 ― しかし野暮ったくはない。序奏が終わっても、一切慌てず騒がず。この辺、フランツ・コンヴィチュニーならではの堂々とした音楽作りが堪能できます。 言うまでもないことですがベートーヴェンが250年前に作ったスコアを録音が発明された20世紀から以降の、120年間ほどの演奏を私たちは聞き返している。名指揮者パウル・ファン・ケンペンが死去した後、志鳥栄八郎が「あれほど騒がれていた彼が、いまそうでなくなった。演奏家というのは死んだらおしまいだ」と言っていた。とはいえ名演奏家が死後、レコードで聴き継がれるケースも有る。 どんなに録音技術が進んでも、それは生の姿を十全には伝え得ないが、演奏家の音をいたずらに増幅・美化させることも出来てしまうのが録音技術でもある。ドイツの伝統を継承する巨匠コンヴィチュニーのベートーヴェンは、彼の至芸を愛でる者にとっては格別のレコードです。 聞き手の耳をさっと捕まえてしまうような魅力には乏しいかもしれません。聞き手の耳をすぐに虜にするような愛想の良さや声高な主張もありません。まず、すぐに気がつくのは、今ではなかなか聞くことのできなくなったふくよかで暖かみのあるオーケストラの響きの素晴らしさです。きらきらした華やかさとは正反対の厚みのある響きです。弦もいいですが、特に木管群の響きが魅力的です。確かに、昨今のオーケストラと比べれば機能的とは言えないのでしょうが内部の見通しも良く透明感も失っていません。とは言え、コンヴィチュニーの基本は「淡麗辛口」です。 ドンと構えていて、ここぞというところではぐっと力こぶが入る「野蛮さ」みたいなモノが残っている演奏。隅々まで指揮者の指示が行き届...

10月17〜23日は229記事を新規投稿しました。

2022.10.17-23 クラシック音楽365日 大作曲家の生没日。名曲のゆかりの日。 10/17 作曲家・ショパンが生まれた日( 1810 年)。ポーランドで生まれるも、 21 歳でパリへ亡命し 39 歳で亡くなるまでパリで過ごした。同時代の作曲家はシューマン、リスト、ベルリオーズらである。現代でも、《夜想曲第 20 番 嬰ハ短調(遺作)》など、ピアノ作品を中心に、その演奏機会はとても多い。 2005 年の第 15 回コンクール以降はインターネットで映像がリアルタイム配信されている。 2020 年に開催予定だった第 18 回は、新型コロナウイルスの影響で翌 2021 年 10 月に延期された。 10/18 フランスの作曲家、シャルル・グノーが没した日(1893年)。ゲーテの戯曲を元にしたオペラ《ファウスト》や、歌曲《アヴェ・マリア》でも知られる。グノーがオルガニストを務めていたサン・トゥスタッシュ教会には、画家のルノワールも所属していた。グノーはルノワールの歌手としての才能を見出し、両親にルノワールをオペラ座の合唱団に入れることを提案したが、断られたという逸話も残っている。 10/19 ワーグナーのオペラ「タンホイザー」がドレスデン歌劇場で初演された(1845年)。ワーグナー32歳の頃の初期の作品であり、のちの総合芸術としての「楽劇」が生まれる前の作品である。当時初演は失敗に終わり、その後「タンホイザー」は何度も改定が加えられることになった。 10/20 アメリカの作曲家、チャールズ・アイヴズが生まれた日(1874年)。今では交響曲など、ヨーロッパをはじめ広く世界で演奏される。その経歴はユニークで、本業は保険会社の副社長。作曲は「趣味」で続けいたものの、マーラーやシェーベルクにも才能を認められ、晩年になってから注目を集めるよに。作品は実験精神に富みながらも郷土色の豊かな旋律を併せ持つ。 10/21 オーストリアのワルツ王ヨハン・シュトラウス2世作曲の《皇帝円舞曲》が、ベルリンのケーニヒツバウという新しいコンサートホールのこけら落としのために初演された日(1889年)。作曲者自身の指揮で行われた。 10/22 スペイン・カタロニア地方に生まれた今世紀最高のチェリストと呼ばれている、パブロ・...

平成版名曲新百選◉3番 東京行進曲〜佐藤千夜子・朝ドラにもなった流行歌手第1号の金字塔、昭和の歌謡曲第1号

第3番 (昭和4年5月) 曲目 東京行進曲 歌手 佐藤千夜子 作詞 西條八十 作曲 中山晋平 昭和の歌謡史の第一ページ ― 映画主題歌の第1号  昭和の初め、現代流行歌の草分け時代。中山晋平メロディーで幕を開け、古賀政男の出現によって日本中を席巻し、黄金期を迎えます。それは支那事変が起こって戦況が悪化、音楽が統制下に置かれる昭和10年まで続きます。  昭和の初め、娯楽雑誌として日本一の発行部数を誇っていた「キング」に掲載された、菊池寛の評判小説を日活が映画化するに当たって、ビクターがタイアップして作った映画主題歌で、昭和4年5月発売されるや爆発的なヒットとなりました。  昭和の初め、日本歌謡界のクイーンは佐藤千夜子でした。本名は千代、山形県出身で、上野の音楽学校に学んでいた彼女が、中退して中山晋平の作曲した童謡や新民謡を歌って、レコード以前からその声価は高かったものです。ビクター専属のレコード歌手第1号として吹き込んだ『波浮の港』は15万枚、映画主題歌『東京行進曲』が25万枚の大ヒットは驚異的なものでした。昭和の歌謡史の第一ページに深く刻まれた彼女の輝く足跡は、いつまでも消えないでしょう。  歌詞は、関東大震災から立ち直った東京のモダン風俗をうたったものですが、ヒット・ソングを映画化した大正時代の小唄映画と違って、これは映画とレコードが同時に企画製作された最初の作品で、映画主題歌の第1号といえる記念すべき作品です。  冒頭に〝昔恋しい銀座の柳〟という詞がありますが、銀座の柳並木は明治期にイチョウに切り替えられ、この歌より6年前の関東大震災でそれも壊滅状態となっていました。この歌の当時はプラタナスになっていましたが、曲の大ヒットで< 銀座に柳を復活させよう >の気運が盛り上がり、銀座に柳が復活しました。後に作詞作曲も同じメンバーで「銀座の柳」が作られ完全復活が宣言されました。折角の銀座の柳も太平洋戦争の東京大空襲などで壊滅し、現在は4代目だそうです。 http://img01.otemo-yan.net/usr/a/m/a/amadeusclassics/%E5%90%8D%E6%9B%B2%E6%96%B0%E7%99%BE%E9%81%B8.jpg March 24, 2020 at 11:55PM from アナログ...