音のきれいなピアニストでモーツァルトをきくと
カサドシュといえば、極めつきの美徳として知られていた、あの円くて、しっとりとした輝きがあって、粘っこさというものがなくて、しかもかさかさの無機的な感じを少しも与えない、軽くて、決して、軽っぽくないいわゆる真珠の玉をつらねたようなレガートの美しさというものが、あるにはあっても、少し重くなり、音の表面にも、真珠の比喩を続ければ、少し「病気になったような」淡い曇りがうっすらとかかったような気味があって、おやっと思ったものだった。カサドシュといえば、私など ― いや私に限るまい、彼の少なくとも壮年期のあのピアノをきいたことのある人たちだったら、ラヴェルやドビュッシーといったフランス近代音楽のピアノの名作はいうまでもないが、恐らく、それにもまして、彼のモーツァルトを高く評価していた。
ロベール・カサドシュは仏ピアノ界の重鎮的存在。1899年パリに生れたカサドシュ( Robert Casadesus, 1899年4月7日 - 1972年9月19日 )は1922年からラヴェルと共同でピアノロールの録音を行い、欧州各地でラヴェルと共演した経歴を持つ。大戦中アメリカへ亡命した事もあって、米 Columbia に多くの録音を残した、これも米録音。モーツァルトのピアノ協奏曲第15番変ロ長調、同じく第17番ト長調、それに第26番ニ長調「戴冠式」と最後の協奏曲第27番変ロ長調の4曲をジョージ・セルの指揮で、クリーヴランド管弦楽団とコロンビア交響楽団に発売されたレコードの名義上録音している。が、どちらも実態はクリーヴランド管弦楽団だ。
冒頭に引用したのは、音楽評論家・吉田秀和氏の著作『レコードのモーツァルト』(中公文庫)から「音のきれいなピアニストでモーツァルトをきくと」と題した章から、カサドシュのことが語られている部分の妙出。吉田氏も奨めているが、もしまだカサドシュのモーツァルトを聞いていないとしたら《戴冠式》から聞いてみるのも悪くないだろう。カサドシュのレパートリーは決して広くなく、むしろ適した曲目はきわめて限られたものでした。彼はラヴェルと大変親しく、彼の曲目を重要なレパートリーとしたが、そのレパートリーにはドイツ音楽も多く、ベートーヴェンやモーツァルトも得意とした。それは、あまりにも整いすぎた音楽に感じられるほど楽曲の演奏の仕方や、聞く時の手本に向いていると、その客観性をいわれ演奏の古典となったものでしたが、特質はフランス的なもの。「ドビュッシーの音楽はショパンから派生し、ラヴェルの音楽はリストから派生する」とは、カサドシュのインタヴューに応えた言葉が由来です。一聴は大人しいが、その美しさは絵画的。清楚で淡々と演奏していて、常にスタイリッシュです。いわゆる、ソリストとしては絶対に必要な「俺が俺が」と言って前面に出ていく強さがほとんど感じられない。
カサドシュの演奏様式は古典的な抑制が効いていて、物足りないような印象を持つこともあるが、そこに込められた豊かなニュアンスには強い説得力があり、美しい音色がとても魅力的です。全体に快速なテンポで軽いタッチで弾き流しており、最近の演奏家が陥りがちな印象派風なべとべとした演奏とは一線を画します。典雅な香りや、知的なのにどこか遊び、ペーソスをもっていても嫌味にならない。古典的たたずまいが典雅と両立しているものは非常に稀なことです。
素直に作品の良さを引き出して、作品を客観視しながら、彫りの深さや滲み出て来る様な人間味を身近に感じる。カサドシュの ― 些細な事に拘らない ― 美学が見え隠れする名演です。吉田氏が表現した「軽くて、決して、軽っぽくないいわゆる真珠の玉をつらねたようなレガートの美しさ」そのものであった。指の回るピアニストは多くなったものの、カザドシュのように知的で香りたつような洗練された感性をもつピアニストはまったく少なくなってしまった。
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《仏ターコイズ盤》FR CBS S72230 カサドシュ モーツァルト・ピアノ協奏曲 フランスの名ピアニスト、カサドシュによる定評あるモーツァルト・ピアノ協奏曲です。カサドシュはモーツァルトも大の得意としており、モノラル時代から多くのレコーディングを行ってきました。このセットは盟友ジョージ・セルとのステレオ期に録音された後期の有名なピアノ協奏曲です。カサドシュの演奏はきわめて洗練されたもので、優美なスタイルで得がたい感動を与えてくれます。ステレオ録音。
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