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10歳未満男児の新型コロナウイルス感染確認 ― 教員感染した八代市の小学校在籍 7月30日(加筆2版)

熊本県内初 ― 小学生が新型コロナに感染

熊本県教育委員会は7月30日、八代市内の小学校に通う10歳未満の男子児童の新型コロナウイルス感染を確認したと発表した。熊本県内の感染確認は7月30日は9人、計165人となっています。
児童は、27日に感染が確認された50歳代の男性教員が勤務する小学校に通っている。この児童は、今月20日から22日にかけ男性教師の授業を受け、24日朝に37.3度の発熱がありましたが夜には熱が下がり、今週から登校していました。男性教師の感染を受け検査をしたところ陽性と判明。児童は無症状で感染症指定医療機関に入院する予定です。学校では全児童の検査をすることにしています。同小学校は31日まで臨時休校中で、8月7日まで休校を延長する方針。
男性教諭は、今月18日に母親と大阪府から帰省した姉、妹など5人で会食、今月20日から22日は学校に出勤し、授業をしました。26日に姉の感染が確認されたため27日PCR検査をうけたところ陽性でした。教諭が勤務する小学校は、校内の消毒をするため臨時休校となりました。
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県内の新型コロナ ― 30日は新たに9人感染確認

新型コロナウイルスの収束の兆しが見えません。感染拡大が止まらない状況に蒲島郁夫熊本県知事は会見を開き医療提供体制の充実のため軽症者向けの宿泊療養施設を来週中に立ち上げることを明らかにしました。また感染が流行している地域への移動の自粛を改めて強く求めました。7月30日県内では小学生の感染が初めて確認されるなど男女9人の感染が確認されました。
また、クラスターが発生した造船会社や介護施設の関係者の感染も確認されています。いずれも福岡県の感染者の濃厚接触者で有明保健所管内の50歳代男性と10歳代男性を含む社員3人。クラスターが発生した山鹿市の介護老人保健施設『太陽』の入所者で90歳代男女2人です。
また、熊本県は29日に感染を公表した40歳代女性が荒尾市民病院に勤務していたと発表。女性はクラスターが発生した『ジャパンマリンユナイテッド有明事業所』の社員の妻で、熊本県によりますと、同病院はPCR検査で、接触があった職員や患者ら40人の陰性を確認し、通常通り診療を行っているということです。
また熊本市は、北区に住む20歳代外国人男性の感染が確認されたと発表しました。
一方、これまでに職員2人の感染が確認されていた菊池市は、同じ部署の職員18人を検査した結果、全員の陰性がけさ確認されたと発表しました。これを受けてきのうから休止していた菊池市役所本庁舎での業務を30日午後1時から再開することにしています。

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via Amadeusclassics

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