スキップしてメイン コンテンツに移動

最高記録を樹立◉四季の魅力を歌いつくした、すべての頂点に立つ、永遠の名レコード〜イタリアそのものをずばり感じさせる

通販レコードのご案内スッキリ爽やかな音が気持ちよい。カルミレッリの独奏は細身で美しい。

JP PHIL 28PC70 イ・ムジチ合奏団 Vivaldi Le Quattro Stagioni
JP PHILIPS 28PC70 Vivaldi Le Quattro Stagioni
(管弦楽)イ・ムジチ合奏団 ピーナ・カルミレッリ
(曲目)ヴィヴァルディの四季

バロック音楽ブームの火付け役であり、ヴィヴァルディの《四季》を大ヒットさせたイ・ムジチはオランダPHILIPSに6回録音しているそうですが、代表作はアーヨ、ロベルト・ミケルッチ、そしてこのピーナ・カルミレッリ盤か。イ・ムジチによる4回目の録音で、初のデジタル録音となった《四季》。カルミレッリ女史は当時68歳という年齢ですが、晴朗で瑞々しく、適度に締まっている巧み。ソロは品がよく、他楽器との協調が身上。明晰さと透明感あるアンサンブルがいっそう活きており、録音のよさが手伝い、各パートの動きもクリア、表現力の幅広さを実感させられる。


〝イ・ムジチ〟はイタリア語で音楽家たちの意味。1952年、ローマ聖チェチーリア音楽院の卒業生12名によって結成。当初から指揮者を置かない方針をとり、後続の室内アンサンブルのモデルとなる。世界的に人気を博したのは、59年に録音したヴィヴァルディの『四季』の大ヒットからで、バロック・ブームを作った。切れ味のいい輝かしい演奏が人気で、来日も多い。『四季』といえば、イ・ムジチ合奏団の演奏というのが、いまや通り相場になっている。このデジタルで録音された4回目のヴァイオリン独奏者は、1973年からこの合奏団のコンサートマスターをつとめているピーナ・カルミレッリ(1914年生まれ)で、彼女は1937年にクレモナで開かれた、ストラディバリウス没後200年記念ヴァイオリン・コンクールで優勝して以来、ピアニストのゼルキンとともに、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを演奏したり、ウィーン・フィル、ベルリン・フィルと協奏曲を演奏するなど、独奏者として、また室内楽の演奏者として活躍した。その後、イタリアが誇るこのイ・ムジチ合奏団の大黒柱となったのだった。なおカルミレッリはイタリア古典派の大作曲家、ボッケリーニの家系を引く名家の出身で、その作品の発展にも熱心で、ボッケリーニ五重奏団のリーダーとしても活躍した。実際ソリストとしての彼女の演奏は、かなり古風なスタイルで、ロマンティックな表現力は抜群のものがあり、その反面ピッチのとり方など、往年のヴァイオリニストに共通する一種独特のものがある。だがイ・ムジチのコンサートマスターとしては、アンサンブルのスタイルに溶け込み、決して自己のスタイルに固執することはなかった。このあたりが若手では真似の出来ない、ベテランらしい幅広さであろう。

イ・ムジチの明るく均整の取れたサウンドで、弦楽合奏の魅力を堪能させる。

イ・ムジチの《四季》のレコード売り上げは、1976年に100万枚を突破し、その他のレコードを合わせると1977年、イ・ムジチ創立25周年には何と1000万枚を突破するという、大記録を達成したのである。更に1983年の第10回の来日では、大阪で通算200回の公演回数を迎え、イ・ムジチの人気を決定づけたのである。この時の演奏会にわたしは二晩通っている。14年間のカルミレッリの後を受けて、コンサートマスターに就任したのは、若いフェデリコ・アゴスティーニとなった。イ・ムジチのメンバーだったフランコ・グッリの甥で、アッカルドに学んだ優等生で、入団前はリサイタリストとして、室内楽奏者として活躍していたという。アゴスティーニの時代を迎えたイ・ムジチは、すっかり世代交代を果たして、創立以来のメンバーは、ヴァイオリンのワルター・ガロッティのみを数えるだけになってしまった。1987年来日公演中にイ・ムジチの《四季》は、クラシックのレコード界では空前の200万枚の売上を達成し、更に1988年にアゴスティーニの独奏で、通算5度目の《四季》の録音を実現させ、日々その記録を更新中である。カルミレッリのロマンティックな演奏から、アゴスティーニの時代になってのイ・ムジチは、再びあのアーヨの時代を彷彿とさせるような、若々しい活力と情熱を聴かせるようになった。

四季の魅力を歌いつくした、すべての頂点に立つ、永遠の名レコード誕生〜イタリアそのものを、ずばり感じさせるすばらしい演奏。

本盤はピーナ・カルミレッリ以下、ヴァイオリン6、ヴィオラ2、チェロ2、コントラバス2の12人編成。カルミレッリの独奏は細身で美しい。合奏も引き締まる。バロック演奏などで聴かせる明晰さと透明感あるアンサンブルがいっそう活きており、表現力の幅広さを実感させられる。ところで、この《四季》は、近代のヴァイオリン協奏曲の様式で作曲されているが、このカルミレッリ盤は、いままでの演奏とはやや異なり、ヴァイオリン協奏曲と合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)との中間をいくようなかたちで演奏されているのが大きな特色といってよい。それに、この曲の持つ楽しい標題性を、かなり忠実に再現しているのも、当然のことながら、大変興味深い。それは、『夏』や『秋』の部分をお聞きになれば、よくお分かりになると思う。いずれにせよ、イタリアそのものを、ずばり感じさせる、すばらしい演奏である。録音はスイスのラ・ショー=ド=フォンで。スッキリ爽やかな音が気持ちよい。カルミレッリの豊かな表現とイ・ムジチならではのしなやかで歯切れのいい演奏が組み合わさった名盤。

1982年7月21〜24日スイス、ラ・ショー=ド=フォンにあるサル・ド・ムジークでの録音。この音楽ホールは、1960年代から主にフィリップスが録音用に使い始め、イ・ムジチ、イタリア弦楽四重奏団、グリュミオー、シェリング、ヘブラー、ホリガー、アラウらの名盤・名録音を通じて、レコード・ファンには「名録音の代名詞」としてお馴染みの会場です。静寂が保たれたホール内にしっとりとした情感を漂わせるサウンドが展開される。


http://img01.otemo-yan.net/usr/a/m/a/amadeusclassics/34-23837.jpg
April 24, 2020 at 02:15PM from アナログサウンド! ― 初期LPで震災復興を応援する鑑賞会実行中 http://amadeusclassics.otemo-yan.net/e1116674.html
via Amadeusclassics

コメント

このブログの人気の投稿

♪東側の最高傑作◉フランツ・コンヴィチュニー ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ベートーヴェン・交響曲7番

楽譜に対して客観的に誠実に取り組んで、ゆったり目のテンポでスケール大きく描きあげられた演奏と存在感あるゲヴァントハウスの音色 《独ブラック銀文字盤》DE ETERNA 825 416 コンヴィチュニー ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ベートーヴェン・交響曲7番 旧東ドイツ時代のベートーヴェン演奏の精髄として当時大きな話題となった全集からの一枚。ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターを終生務めたコンヴィチュニーの最高傑作で、重心の低い質実剛健な演奏は今もってひとつの基準となる名演と言えます。 序奏からズドンとヘビィ級の音塊をぶつけてきます。 ― しかし野暮ったくはない。序奏が終わっても、一切慌てず騒がず。この辺、フランツ・コンヴィチュニーならではの堂々とした音楽作りが堪能できます。 言うまでもないことですがベートーヴェンが250年前に作ったスコアを録音が発明された20世紀から以降の、120年間ほどの演奏を私たちは聞き返している。名指揮者パウル・ファン・ケンペンが死去した後、志鳥栄八郎が「あれほど騒がれていた彼が、いまそうでなくなった。演奏家というのは死んだらおしまいだ」と言っていた。とはいえ名演奏家が死後、レコードで聴き継がれるケースも有る。 どんなに録音技術が進んでも、それは生の姿を十全には伝え得ないが、演奏家の音をいたずらに増幅・美化させることも出来てしまうのが録音技術でもある。ドイツの伝統を継承する巨匠コンヴィチュニーのベートーヴェンは、彼の至芸を愛でる者にとっては格別のレコードです。 聞き手の耳をさっと捕まえてしまうような魅力には乏しいかもしれません。聞き手の耳をすぐに虜にするような愛想の良さや声高な主張もありません。まず、すぐに気がつくのは、今ではなかなか聞くことのできなくなったふくよかで暖かみのあるオーケストラの響きの素晴らしさです。きらきらした華やかさとは正反対の厚みのある響きです。弦もいいですが、特に木管群の響きが魅力的です。確かに、昨今のオーケストラと比べれば機能的とは言えないのでしょうが内部の見通しも良く透明感も失っていません。とは言え、コンヴィチュニーの基本は「淡麗辛口」です。 ドンと構えていて、ここぞというところではぐっと力こぶが入る「野蛮さ」みたいなモノが残っている演奏。隅々まで指揮者の指示が行き届...

10月17〜23日は229記事を新規投稿しました。

2022.10.17-23 クラシック音楽365日 大作曲家の生没日。名曲のゆかりの日。 10/17 作曲家・ショパンが生まれた日( 1810 年)。ポーランドで生まれるも、 21 歳でパリへ亡命し 39 歳で亡くなるまでパリで過ごした。同時代の作曲家はシューマン、リスト、ベルリオーズらである。現代でも、《夜想曲第 20 番 嬰ハ短調(遺作)》など、ピアノ作品を中心に、その演奏機会はとても多い。 2005 年の第 15 回コンクール以降はインターネットで映像がリアルタイム配信されている。 2020 年に開催予定だった第 18 回は、新型コロナウイルスの影響で翌 2021 年 10 月に延期された。 10/18 フランスの作曲家、シャルル・グノーが没した日(1893年)。ゲーテの戯曲を元にしたオペラ《ファウスト》や、歌曲《アヴェ・マリア》でも知られる。グノーがオルガニストを務めていたサン・トゥスタッシュ教会には、画家のルノワールも所属していた。グノーはルノワールの歌手としての才能を見出し、両親にルノワールをオペラ座の合唱団に入れることを提案したが、断られたという逸話も残っている。 10/19 ワーグナーのオペラ「タンホイザー」がドレスデン歌劇場で初演された(1845年)。ワーグナー32歳の頃の初期の作品であり、のちの総合芸術としての「楽劇」が生まれる前の作品である。当時初演は失敗に終わり、その後「タンホイザー」は何度も改定が加えられることになった。 10/20 アメリカの作曲家、チャールズ・アイヴズが生まれた日(1874年)。今では交響曲など、ヨーロッパをはじめ広く世界で演奏される。その経歴はユニークで、本業は保険会社の副社長。作曲は「趣味」で続けいたものの、マーラーやシェーベルクにも才能を認められ、晩年になってから注目を集めるよに。作品は実験精神に富みながらも郷土色の豊かな旋律を併せ持つ。 10/21 オーストリアのワルツ王ヨハン・シュトラウス2世作曲の《皇帝円舞曲》が、ベルリンのケーニヒツバウという新しいコンサートホールのこけら落としのために初演された日(1889年)。作曲者自身の指揮で行われた。 10/22 スペイン・カタロニア地方に生まれた今世紀最高のチェリストと呼ばれている、パブロ・...

覇王の誕生◉カラヤン ベルリン・フィル フィルハーモニア管 チャイコフスキー 交響曲4番/5番/6番

通販レコードのご案内 天に届きそうな金管、内臓をえぐるような弦、ズシリとした打楽器。 《エヴァークリーン盤》JP 東芝音楽工業(赤盤) AA7650-1 カラヤン/フィルハーモニア/ベルリン・フィル チャイコフスキー三大交響曲  初めてチャイコフスキーを聞くことに取り組むのなら、カラヤンがいい。凡百の指揮者が陥りがちな甘美なメロディだけに酔うような演奏ではなく、豪快でありながら各楽器の動きを丁寧に描ききった第4番、シンフォニックで華麗、かつ情熱的な第5番、そして『悲愴』は美しいメロディに秘められた翳りの感情が見事に表現されています。  カラヤンがどういう音楽家だったかは、チャイコフスキーを聴くと良い。カラヤンはチャイコフスキーの後期交響曲を何回も録音していますが、有名なのはダイナミックな1971年録音(EMI)、研ぎ澄まされた集中力で聴かせる1966年録音(DGG)か。本盤はステレオ初期のベルリン・フィルとの「第4番」初録音。当時のベルリン・フィルの濃密で滑らかな響きが魅了する。  カラヤンのチャイコフスキーの交響曲第4番は、フィルハーモニア管との1953年盤を筆頭に、ベルリン・フィルとは15年間で4回の録音(COLUMBIA〔EMI〕1960年、DGG1966年、EMI1971年、DGG1976年)とひしめき合っている。   戦前、戦中、戦後と、カラヤンの行く手をことごとくさえぎっていた音楽界の巨人フルトヴェングラーが、1954年11月に急逝する。これはクラシック音楽界の〝桶狭間〟だった。翌年の2月に迫った歴史的なアメリカ公演で自分たちを統率してくれる指揮者を失ってベルリン・フィルは焦った。このときドイツ政府からベルリン・フィルは、今回のアメリカ公演は絶対に成功させよと言明されており、もし病身のフルトヴェングラーに何かが起きた場合に備えてこの巨人に代わる恥ずかしくない指揮者を用意しておかなければならなかった。ベルリン・フィルは入院中の主には内緒でカラヤンに代行のアポイントを取っていた。そして不幸にも主は病死し、ベルリン・フィルはアメリカ公演の指揮者代理にカラヤンを選んだ。 「万一フルトヴェングラーの身に何か起きたときは」という条件を、カラヤンは「フルトヴェングラー博士の後継者という条件で!」と受け取り、「首席指揮者」ではなく、アメリカ楽旅の前に「終...