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作曲家自演盤(SP盤) ストラヴィンスキー、アンセルメ指揮、ワルター・ストララム管弦楽団・カプリッチョ

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 ストラヴィンスキーがピアノ独奏をしている自作自演盤です。曲は「ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ」。
 ピアニストとして生計を立てることを目論んだストラヴィンスキーにより、ヴィルトゥオーゾ向けの楽曲として構想された。1929年12月6日に、エルネスト・アンセルメの指揮と作曲者自身のピアノ独奏によって初演が行なわれた。
 オーケストラは作曲家のワルター・ストララム ― 本名の Marrast のアナグラム ― がパリのオーケストラの奏者たちを集めて臨時に編成した。人門の知名度のあったオーケストラらしくストララムの死後も継続されトスカニーニが客演している。
 ロシア革命後に西欧に亡命したストラヴィンスキーは、《カプリッチョ》が同時期の《ピアノと管楽器のための協奏曲》とともに主要な収入源となることを当て込んでいたらしい。ストラヴィンスキーの数少ないピアノ協奏曲の一つであり、新古典主義時代にストラヴィンスキーが手懸けた数々のピアノ曲を代表する作品でもある。
 中断なしに演奏される、プレスト、アンダンテ、アレグロ・カプリッチョ・マ・テンポ・ジュストの3つの楽章から成る。全3枚そろっています。

 ストラヴィンスキーは現代の最も重要な作曲家のひとり。はじめ法律を学んだが、作曲をリムスキー=コルサコフから学んで作曲家になった。稀代の興行師ディアギレフに見出され、そのバレエ・リュッスの公演のために28歳で作曲した「火の鳥」が世間の注目を集め、つづく「ペトルーシュカ」、「春の祭典」によりわずか30歳で彼の名前は世界的になった。これらの作品は、従来の手法を否定し去ったもので、かつてない強烈で複雑なリズムと、色彩的でざん新な管弦楽法とはその後の現代作曲家たちに強い影響を与えた。革命後、作風は新古典主義をへて大きく変化した。上記以後の代表作には「兵士の物語」、「詩篇交響曲」、バレエ「オルフォイス」、「3楽章の交響曲」などがある。

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via Amadeusclassics

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