スキップしてメイン コンテンツに移動

求心力の強いキビキビとした力強いバッハ演奏◉カール・リヒター ミュンヘン・バッハ管 バッハ・管弦楽組曲2番/3番

バッハ演奏に生涯をささげた巨匠、カール・リヒターによる有名な管弦楽組曲。フルートのオーレル・ニコレが絶品。


JP ARC SLAM23 リヒター・ミュンヘンバッハ室内 バッハ 管弦楽組曲2&3番

《日本盤》JP ARCHIV SLAM23 リヒター・ミュンヘンバッハ室内 バッハ 管弦楽組曲2&3番

旧東ドイツの牧師の息子に生まれたリヒターは、1950年代から70年代に峻厳な気迫を湛えた入魂の演奏で、現代人の心に強くアピールする清新なバッハ像を打ち立てた。
 バッハの《管弦楽組曲》は〈ブランデンブルク協奏曲〉と並ぶその代表的管弦楽作品の一つです。この「管弦楽組曲」の名で親しまれているのはいまではバッハ作品だけですが、「序曲」と名のつく音楽と同じもので、“Ouvertüre”と綴られる。モーツァルトの時代に「交響曲」スタイルの原型となり、マーラーが《組曲第2番》と《組曲第3番》をモダン・オーケストラ用に編曲して、交響曲第1番を作曲するスタートとなった。中でも《組曲第3番》第2曲は通称「G線上のアリア」として有名となり、交響曲第5番は、バッハの《組曲第3番》をなぞっている。バッハ自筆譜は、他の作品同様に残っていないが、バッハはこの作品群を「組曲」(Suite)とは呼ばなかった。バッハにとって組曲とは、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグの4曲から成る組曲のことであったので、より自由な「序曲に始まる作品」というような意味で「序曲」 (Ouvertüre) と呼ばれていたようだ。それにより、新しいバッハ全集では「4つの序曲(管弦楽組曲)」としている。
 作曲された時期は特定できず、ヴァイマル時代、ケーテン時代に原型があって、ライプツィヒ時代にコレギウム・ムジクムで演奏するために大幅に加筆されたと考えられる。〈組曲第4番〉の序曲は、ヴィヴァーチェ部分に合唱を加えて、カンタータ110番の冒頭合唱曲に転用されている。LPレコードの頃には、〈組曲第5組曲 BWV1070〉としての録音があるが、今日では長男フリーデマンの作とされる。
 ピリオド楽器による演奏が今や主流の世の中であるが、それらの演奏を聴き、このリヒター盤に戻ると、ハッとさせられる箇所もあり、このリヒター盤の価値は未だ高いと認識させられるのである。 確固とした解釈のもとに鳴る音楽は、時として荘厳に、また、時として冷徹に響くが、決して嫌味でない。バッハの世俗音楽はもっと気軽に聴きたいという気持ちもないわけではありませんが、リヒター盤の峻烈な演奏から得られる感動はそういう気持ちを吹き飛ばしてしまいます。その演奏は力強く、そして力強いという以上に厳しいものであり、それがバッハの世俗音楽の演奏であるところにより大きな衝撃があります。理屈を超えて、入り込める何かが、この演奏にはあります。
 本盤は1960&61年のステレオ録音、モダン楽器小編成オーケストラによる求心力の強いキビキビとした力強いバッハ演奏が身上とされるカール・リヒターならではのパワフルな名演揃いで、聴き手の襟を正さずにはいられないリヒターの演奏がここでも聴ける。《組曲第2番》のソリストにオーレル・ニコレが加わっている。リヒターのしつらえた完璧なフォルムの中にあって、随所で味わい豊かなソロを聴かせてくれています。しかし、ニコレの名人芸を聴かせる演奏にはなっていない。オーレル・ニコレの、それを聴きたい人にはバウムガルトナー盤がおすすめ。リヒターの演奏を他の演奏と分けるものを精神性と呼ぶべきかどうか迷いますが、現代が忘れ去りつつある何かがこの演奏にはあります。
1960.6.14-19, 1961.6.12-16 ミュンヘン、ヘラクレスザール録音。Producer – Karl-Heinz Schneider, Recording Supervisor – Walter Alfred Wettler

http://img01.otemo-yan.net/usr/a/m/a/amadeusclassics/34-21953.jpg
September 28, 2019 at 05:00PM from アナログサウンド! ― 初期LPで震災復興を応援する鑑賞会実行中 http://amadeusclassics.otemo-yan.net/e1106640.html
via Amadeusclassics

コメント

このブログの人気の投稿

♪東側の最高傑作◉フランツ・コンヴィチュニー ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ベートーヴェン・交響曲7番

楽譜に対して客観的に誠実に取り組んで、ゆったり目のテンポでスケール大きく描きあげられた演奏と存在感あるゲヴァントハウスの音色 《独ブラック銀文字盤》DE ETERNA 825 416 コンヴィチュニー ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ベートーヴェン・交響曲7番 旧東ドイツ時代のベートーヴェン演奏の精髄として当時大きな話題となった全集からの一枚。ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターを終生務めたコンヴィチュニーの最高傑作で、重心の低い質実剛健な演奏は今もってひとつの基準となる名演と言えます。 序奏からズドンとヘビィ級の音塊をぶつけてきます。 ― しかし野暮ったくはない。序奏が終わっても、一切慌てず騒がず。この辺、フランツ・コンヴィチュニーならではの堂々とした音楽作りが堪能できます。 言うまでもないことですがベートーヴェンが250年前に作ったスコアを録音が発明された20世紀から以降の、120年間ほどの演奏を私たちは聞き返している。名指揮者パウル・ファン・ケンペンが死去した後、志鳥栄八郎が「あれほど騒がれていた彼が、いまそうでなくなった。演奏家というのは死んだらおしまいだ」と言っていた。とはいえ名演奏家が死後、レコードで聴き継がれるケースも有る。 どんなに録音技術が進んでも、それは生の姿を十全には伝え得ないが、演奏家の音をいたずらに増幅・美化させることも出来てしまうのが録音技術でもある。ドイツの伝統を継承する巨匠コンヴィチュニーのベートーヴェンは、彼の至芸を愛でる者にとっては格別のレコードです。 聞き手の耳をさっと捕まえてしまうような魅力には乏しいかもしれません。聞き手の耳をすぐに虜にするような愛想の良さや声高な主張もありません。まず、すぐに気がつくのは、今ではなかなか聞くことのできなくなったふくよかで暖かみのあるオーケストラの響きの素晴らしさです。きらきらした華やかさとは正反対の厚みのある響きです。弦もいいですが、特に木管群の響きが魅力的です。確かに、昨今のオーケストラと比べれば機能的とは言えないのでしょうが内部の見通しも良く透明感も失っていません。とは言え、コンヴィチュニーの基本は「淡麗辛口」です。 ドンと構えていて、ここぞというところではぐっと力こぶが入る「野蛮さ」みたいなモノが残っている演奏。隅々まで指揮者の指示が行き届...

平成版名曲新百選◉3番 東京行進曲〜佐藤千夜子・朝ドラにもなった流行歌手第1号の金字塔、昭和の歌謡曲第1号

第3番 (昭和4年5月) 曲目 東京行進曲 歌手 佐藤千夜子 作詞 西條八十 作曲 中山晋平 昭和の歌謡史の第一ページ ― 映画主題歌の第1号  昭和の初め、現代流行歌の草分け時代。中山晋平メロディーで幕を開け、古賀政男の出現によって日本中を席巻し、黄金期を迎えます。それは支那事変が起こって戦況が悪化、音楽が統制下に置かれる昭和10年まで続きます。  昭和の初め、娯楽雑誌として日本一の発行部数を誇っていた「キング」に掲載された、菊池寛の評判小説を日活が映画化するに当たって、ビクターがタイアップして作った映画主題歌で、昭和4年5月発売されるや爆発的なヒットとなりました。  昭和の初め、日本歌謡界のクイーンは佐藤千夜子でした。本名は千代、山形県出身で、上野の音楽学校に学んでいた彼女が、中退して中山晋平の作曲した童謡や新民謡を歌って、レコード以前からその声価は高かったものです。ビクター専属のレコード歌手第1号として吹き込んだ『波浮の港』は15万枚、映画主題歌『東京行進曲』が25万枚の大ヒットは驚異的なものでした。昭和の歌謡史の第一ページに深く刻まれた彼女の輝く足跡は、いつまでも消えないでしょう。  歌詞は、関東大震災から立ち直った東京のモダン風俗をうたったものですが、ヒット・ソングを映画化した大正時代の小唄映画と違って、これは映画とレコードが同時に企画製作された最初の作品で、映画主題歌の第1号といえる記念すべき作品です。  冒頭に〝昔恋しい銀座の柳〟という詞がありますが、銀座の柳並木は明治期にイチョウに切り替えられ、この歌より6年前の関東大震災でそれも壊滅状態となっていました。この歌の当時はプラタナスになっていましたが、曲の大ヒットで< 銀座に柳を復活させよう >の気運が盛り上がり、銀座に柳が復活しました。後に作詞作曲も同じメンバーで「銀座の柳」が作られ完全復活が宣言されました。折角の銀座の柳も太平洋戦争の東京大空襲などで壊滅し、現在は4代目だそうです。 http://img01.otemo-yan.net/usr/a/m/a/amadeusclassics/%E5%90%8D%E6%9B%B2%E6%96%B0%E7%99%BE%E9%81%B8.jpg March 24, 2020 at 11:55PM from アナログ...

日本でも会員向けにLPを配布していたコンサートホールが築いたクラシック・レコード全盛期

通販レーベルだからできたクラシック・レコードの全盛期 かつて世界最大のレコード通販会社として君臨したコンサートホール・ソサエティ(略称CHS)は、スイスを本拠地として、英米独仏だけでなく遠くアジアの日本などに販売網を広げていました。残念ながら経営に行き詰まり、70年代前半倒産しましたが、EMI、DECCA、COLUMBIAと云ったメジャーレーベルから漏れた隠れた演奏には名演も多く、貴重な文化遺産となっています。 かつてコンサートホール・ソサエティはオリジナル音源を有し、1970年代半ばまで日本でも会員向けにLPを配布していました。その後、CD時代になってからは、多くの音源の中から日本では唯一ライセンスを受けている日本コロムビアからCDが発売されておりましたが、1997年のリリースを最後に再発売も途切れておりましたが、2013年に見直されました。2014年以降はストリーミングの大幅増加。利用者の有料音楽との付き合い方の激変、音楽ソフトは新型コロナウイルス流行という特殊事情もあり、規模を縮小。 永世中立国スイスならでは。会員向けにLPを配布していた「コンサートホール」は、Youtubeの現在に於ける役割に等しい。コンサートホールは、当時の指揮者やオーケストラはレコード会社の専属契約に縛られていたことにより、(ドイツ・グラモフォン専属のカラヤンが常任指揮者を務めるウィーン・フィルがデッカ専属だったために、レコード録音の期間だけ移籍している)契約上許される組み合わせでしかレコーディングが許されていなかった時代において、既存の枠組みを超越した斬新な共演や、シューリヒトや当時新鋭であったブーレーズを含む豊富な指揮者陣、そして独特な制作コンセプトにより瞬く間に世界中で会員が増え、クラシック・レコードのある意味全盛期のひとつを築いた。 当時日本国内だけで50万人以上の会員がいた。会員になると、毎月「音楽委員」が推薦する名盤である「今月のレコード」が普通価格より35%も安く買うことができる。年間会費を送金しておくと、毎月レコードが送ってくる。年数回はボーナスレコードも届く。インターネットのなかった時代に、都会のレコードショップに行くしかなかったレコード愛好家にとって恩恵だった。 1972年の恩師ディアギレフの生誕100年を記念して録音したロシア・バレエ団のために...