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ピアノの新約聖書*イヴ・ナット ベートーヴェン・ソナタ17番「テンペスト」/19番/20番/21番「ヴァルトシュタイン」

通販レコードのご案内 新約聖書と言われている極めて洗練された優美なベートーヴェンです。

FR Les Discophiles Français DF126 イヴ・ナット ベートーヴェン・ピアノソナタ 17-21番《仏ホワイト・アンド・ブルー黒文字フラット盤 オリジナル》FR Les Discophiles Français DF126 イヴ・ナット ベートーヴェン・ピアノソナタ 17-21番 ピアニストとしては、明晰なタッチと透徹した造形美を誇るイーヴ・ナットがその最晩年の1953年〜55年に残した名演として世界的に評価の高いベートーヴェン全集は秀逸。演奏の素晴らしさは万人が認める通り。中期~後期は勿論、ベートーヴェンの初期のソナタ群がこれほどまでの名曲だったことに改めて気づくと思います。イヴ・ナットはフランス人でありながら、ベートーヴェンやシューマンの曲を得意としていた。ドイツ出身の演奏家がベートーヴェンを演奏すると、どことなく力み過ぎているような印象が残るがイヴ・ナットは、優美な演奏で安定感を感じることができる。
 イヴ・ナットはソロだけでなく室内楽の世界にも熱中し、ティボーやエネスコ、イザイといった巨匠たちと各地で共演を繰り広げ、作曲家の意図する核心に迫り続けていました。ナットのベートーヴェンはこうした室内楽で培った経験の集大成。とても思索的、内省的なベートーヴェンですが、ドイツ系の奏者シュナーベルやバックハウスと違ってギリギリで抑制の利いた造形感覚が素晴らしいと思います。極めて洗練された優美なベートーヴェンです。
 音質もほとんどがモノラル後期のものだけに聴きやすい水準にあり、幸いな事は録音技師にアンドレ・シャルランを迎えた事でモノーラルでありながら、そのピアノの音は瑞々しく気品があり現在聴いても全く古臭さを感じさせないどころか優秀録音です。

 ベートーヴェンの創作活動において、ピアノ・ソナタは最も重要なジャンルの一つ。19世紀前半におけるピアノという楽器の発展の中で、彼はピアノ音楽の新しい表現方法を追求しました。“ピアノの新約聖書”と称される32曲のピアノ・ソナタは、ピアニストのみならず、ピアノに関わる全ての人間にとって避けて通ることができない、今なお燦然と輝く存在です。

『テンペスト』の名で知られる第17番は、3楽章全てがソナタ形式というユニークな構成。第1楽章はテンポや強弱の急激な変化や朗詠調のレチタティーヴォなど、まるで朗読を聞いているような大胆な楽想が特徴的。抒情的な第2楽章を挟んで、第3楽章は騎馬の足音から思いついたと言われる16分音符の音型が内なる情熱を孕みながら全編を疾走する、暗い劇的な音楽が本当に美しい。なお、『テンペスト』という通称は、弟子のアントン・シンドラーがこの曲とピアノ・ソナタ第23番の解釈を尋ねた時、ベートーヴェンが「シェイクスピアの『テンペスト』を読め」と答えたとされるところに由来しているそうです。
作品49の2つの小さなソナタは出版こそ1805年ですが、作曲自体は1795~96年頃、つまり作品2(第1~3番)の頃と推定されています。2曲とも、ピアノ学習者は比較的初期の段階で必ず一度は通る楽曲。第19番は、暗くゆったりとした第1楽章と可愛らしいロンド形式の第2楽章で構成されています。決して初心者の練習用ではない芸術的な香りを持つ佳品。
第20番は、堂々とした明快な第1楽章とメヌエットの第2楽章で構成。第2楽章の旋律は、後に七重奏曲 Op.20 の第3楽章の主題にも転用されました。決して初心者の練習用ではない芸術的な香りを持つ佳品です。
第21番は、ベートーヴェン中期の幕開けを告げる作品で同時期にはヴァイオリン・ソナタ第9番『クロイツェル』や交響曲第3番『英雄』などが作曲されています。華やかなテクニックと壮大な構成、そして豊かな抒情性など、これまでのピアノ・ソナタとは完全に訣別したベートーヴェンの重要作。力強く煌びやかな第1楽章、そして美しいアダージョとエネルギッシュなロンドの2部構成となる第2楽章。若きバレンボイムの華麗なテクニックが必聴。この曲にはもともと長大な第2楽章が準備されていたものの、曲全体が冗長になるという指摘に納得した作曲者により現行のものと差し替えられた。外されたオリジナルの第2楽章はソナタより4か月遅れて別途に出版され、1807年にブライトコプフ社から出された版において『アンダンテ・ファヴォリ』と名付けられた。なお、標題は、この曲を献呈されたワルトシュタイン伯爵に因んで命名されました。伯爵はベートーヴェンの才能を深く愛し、ベートーヴェンの経済的援助と音楽的成長に大きな役割を果たしたことで知られています。フランスではこの曲を「あけぼの L'aurore」と呼んでいるので本盤の表記も、フランス流儀です。

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via Amadeusclassics

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